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フィリピリンの人々が教えてくれたこと 大学4年生 女性

 ケソン市パやタスのゴミ山に、薄汚れた格好で笑みも声も失く、座り込む男性3人が遠くを見ていた。目の前を通り過ぎる私たち20人強の集団をどのような思いで見ていたのだろうか、私には彼らが心すら失っているように見えた。彼らの前を通り過ぎた時、ぼうっと「なぜ彼らは生きているのだろう」という疑問が頭を過ぎった。やせ細った体で頭にゴミを担ぎ歩く人、スコップの持ち手を切断機で取り、収入源のアルミを得ようとしている人、ゴミを探る若者たち、すれ違うすべてのスカベンジャーに心の中で尋ねた。「なぜ生きるの?」しかし、答えは余計にわからなくなり、新たな疑問がわいてきた。「なぜ子どもをつくるのだろう」「自分1人で生活するだけでも大変なのに、なぜ家族をふやしわざわざ生活を苦しめるの?」貧しくて学校に通えず、数世代に渡ってゴミ山で一生を終えてゆく人も少なくないという。「こんなにも貧しく不幸な思いを、新たに生まれてくる子どもたちにさせるの?」自殺する人が多くても不思議ではない。そんなことを考えながらふと遠くに目をやると、料理か何か分からないが生活の白い煙と、洗濯ものそして小さな小さな集落らしきところが少し見えた。彼らは確かに生活していた。
 それから私たちは支援物資を届けるため、子ども達の待つ学校へ向かった。ゴミ山から徒歩で約1、2分。子どもたちが日本とフィリピンの国旗を振り、純粋な輝く笑顔で出迎えてくれた。驚いた。子どもたちの周りの大人もみんな笑顔だった。数十メートル離れると空気が変わり光も差し込む。人々に乾きはなく、温かさと笑みと、小さくわずかだが確かに感じる生き生きとした力があった。答えを一つ、見つけた。子ども達は生きる希望であり、光であるということを。日本の子ども達以上にパワーを感じた。
 この日の夜はホームステイをさせていただいた。見守っているよ、安心させる笑みを絶やさない父母、屈託のない純粋な優しい笑みを浮かべる長男、言葉はほとんど交わさず目が合った時にははにかみスマイル交換と、私たちのために傘を差し荷物を持ってくれる気遣いの素晴らしい小学生の長女、愛にあふれ、屈託のないスマイルを見せる次男ハミラン、照れながら父母に隠れていた次女、そして次々に家にやってきて、小さな家の床抜けが不安になるほどいっぱい遊んだ彼らの友だち。人の温かさを感じた。夜は姉が弟を、弟が妹を抱くようにしてみんなでぴたりとくっついて寝た。小さな1部屋に6人も住んでいるのだから、常に誰かの視線が注がれていて、けれどそれは両親が子どもたちを、兄が姉弟を見守る温かい目であり、大好きな兄姉に笑いかける弟妹の目だった。家族の絆、親戚との絆、友だちとの絆、人と人との絆がとても強い。支えあって一生懸命生きている「家族」だった。支えあってこそ生きられるのだと教わった。
 ステイ先で小さなノリ1枚を6人で一口ずつ食べた、コップ一杯の水を6人で一口ずつ飲んだ。貧しいほど自分の欲を満たすことに必死になり、分け合うことを拒むと思っていた。しかし、彼らは豊かな日本から来た私たちにまで、自分の食べる分をも与えてくれる。豊かで、分け合うのに十分な量を持っていながら、見返りを求めたGIVEしかできていなかった私はなんて貧しい心の持ち主だろうか。彼らは私たちがたった一泊することを本当に幸せそうな笑みを浮かべて喜び、私たちをどこまでも思いやり、少ない量であっても決して独り占めせず、私たちにすら与えてくれた。貧しさは人々にずるさをもたらす、こう思ってきた豊かな自分が1番ずるかった。
 次の日は、ステイ先のハミランと彼の友だち3人と動物園やスターシティーで遊んだ。人の笑顔が見れることに、初めて「幸せ」を感じた。純に幸せを露わにする笑顔は、見ている私を幸せにしてくれた。 生きるとは1日1日命をつなぐということ。私はレールの上に乗って生かされているのだと感じた。彼らに生きる意味を考える余裕も必要もない、
 生きるとはこういうものだと、身をもって教えてくれた。本当の意味で生きてこなかった、1日1日命をつないでいくことが「生きること」だと知ってこれから生きていけることは、本当に幸せである。私は今回、ボランティアなど欠片もできていない。フィリピンのみんなにまた会いたい、フィリピンにまた行きたいと思う。しばらくはレールに乗っかって生かされるように生きながら、日本に生まれた自分ができる、フィリピンの方々への恩返しをしていこうと思う。


「生きる」ってなんだろう。「幸せ」って何だろう 大学4年生 女性

「生きる」ってなんだろう。「幸せ」ってなんだろう。 この1週間で何度もそんなことを考えました。
 私達が訪問したのは、水上やゴミ山などで暮らし、毎日満足には暮らしていけない人達が住む地域です。そこに住む人々は日本人からすると、「恵まれない人々」と表現できるかもしれません。しかし、それを「不幸せ」と誰が言えるでしょうか。見上げれば絡まるようにぶら下がる電線、見下ろせば散らばったゴミ。それでも、そこには確かにその人達の暮らしがありました。
 私は毎日の生活が保障されていて、当たり前のように明日がやってくる。やりたいって思ったら、勉強だってスポーツだって音楽だって自由に好きなだけやれる環境があります。でもそれは、自分で手に入れたものではなくて、周りの人達に「生かされる」のだとしみじみ感じました。恵まれた環境にありながら、私はそうした環境に感謝することもなければ「幸せなこと」と感じることもほとんどありません。それがどれだけ鈍いことなのか、考えさせられました。フィリピンで出会った人達は、満足ではなくても勉強ができること、遊べること、食べられること、そうしたすべてに感謝をしていました。とても幸せそうに暮らしていました。見ているこちらが幸せになれるような笑顔で、本当に幸せそうに笑っていました。開けっぴろげで、純粋で、素直で、全力で、「生きてる」って感じがしました。そして、守りたいもの、叶えたい夢をみんなが持っていました。私はこんなに生きたこともないし、こんな風に笑ったこともないだろうと思います。その笑顔だけを見ていると、日本よりも「恵まれている」んじゃないかなとさえ思いました。
 そして、パヤタスの人達の幸せを分けてあげられる優しさ、当たり前に人を思いやる心に触れた時、私はこの旅で1番感動しました。ホームステイをした時のこと、ホストマザーは自分自身の食事より先に子ども達や私達に本当においしいご飯をふるまってくれました。4人兄弟の2番目の女の子は、妹弟たちが散らかした遊び道具を片付けながら、自分よりも妹弟が楽しく遊べるように気を配っていました。3番目の男の子は、ホームステイに来た私達の似顔絵を描いて、拙い字でお礼の手紙を添えてくれました。1番目の男の子には、「将来の夢を持っている?」と尋ねました。「もちろん。」という返答のあとに、照れ臭そうに「家族みんなを幸せにすることだよ。」とつづけました。ああ、なんて幸せな家族なんだろう…と思いました。お互いを思いやりながら暮らしているから、こんなに幸せそうなのかもしれません。 そして私自身、たくさんのことを気付かせてもらい、たくさんの幸せを分けてもらいました。ちょっと狭かったけど、川の字になって子ども達の寝顔を見ながら寝ることや、自分のためではなくて子ども達のために動物園・遊園地を回ることが、こんなにも幸せなことなのだと気付きました。人の笑顔ってこんなにも自分を幸せにしてくれるのだと気付きました。日本でこんなに幸せを感じたことはあったでしょうか。もしかすると、フィリピンで出会った人達が、いつの間にか幸せに鈍くなっていた私の心を開いてくれていたのかもしれません。
 今回出会った人々は、幸せを上手に見つけていて、優しく強い心を持っていました。この1週間を通して、フィリピンの人達の幸せそうな笑顔の秘訣が少しだけ分かった気がします。とはいえ、フィリピンを取り巻く環境はまだ恵まれたものではなく、改善すべき点も向上されるべき点もたくさんあります。ゴミ山で暮らすことが子ども達に与える影響や食料不足、学習環境、貧困、格差…。考えるべきことがたくさんあります。今回知ることができたからこそ、次は行動することができます。日本に帰ってきた今、フィリピンの現状を知ったからこそ自分にできることをしていきたいです。
 最後に、私はこの経験から、生涯を通して生きる意味、幸せの意味を考えていきたいです。そしてフィリピンで出会った人達のように、幸せの見つけ方が上手な人になりたいです。


小さなことからアクションを 高等学校2年生 男性

 私は、ボランティアに参加して本当に良かったと心から思っています。ボランティアに行く前は、フィリピンは治安が悪いという情報を鵜吞みにしてしまっていました。私は、今年の春にフィリピンのマクタン島に英語学習のために短期留学で行ってきました。そこで私は休み時間に現地の先生にフィリピンのことについて教えてもらっている時にマニラの話題になりました。「マニラはここよりも危険な地域もあるから、行く時は十分気を付けてね。」と言われました。マクタン島でも、一緒に行動していた日本人の学生がスマートフォンを盗られてしまっていたし、私も物売りの人にずっと、ついてこられたことがあったので怖いイメージがありました。だから、マニラは絶対に行かないだろうと思っていました。
 しかし、その気持ちはすぐに変わりました。そのきっかけは、以前に参加したボランティアの帰りに見た映像です。それを見た途端に実際に行って、現地の人達がどのような生活をしているか、見てみたいと思いました。そして困っている人達の役に少しでも立ちたいと思って今回参加しました。
 実際行ってみて思ったことは、生活の貧しさを感じさせないくらい、明るく・笑顔あふれる人達ばかりだな、ということです。私は現地の人達は貧困によって気持ちが沈んでいるのだろうと思っていたので、訪問した先々で多くの人が日本とフィリピンの国旗を振って私たちを迎えてくれた時は驚きました。
 私が一番、今回のボランティア活動で印象に残っていることは、AJの家にホームステイをしたことです。ホストファミリーの家族は、お母さんと妹さんとAJの3人家族でした。AJの家では、ノートに英文とタガログ語を書いて、タガログ語のあいさつなどを教えてもらったり、お母さんには、とてもおいしい晩ご飯・朝ご飯を作ってもらいました。AJの家族は私達をすぐに家族の一員に入れてくれて、トイレに行く時はトイレに電気がないからと携帯電話を懐中電灯のかわりに貸してくれるなど、ずっと気遣ってくれました。そしてホームステイ中に近所の人が赤ちゃんを抱いてわざわざおしゃべりに来て、フィリピンの人は日本よりも、隣人や近所の人との関わりが強いなと思いました。部屋は、あまり広くありませんでしたが、テレビを見ながら、英語で話したりして、とても楽しい時間を過ごすことができました。翌日に行った動物園でホストマザーから「もう一回ホームステイしない?」と言われました。そして別れる際にも「またいつか戻ってきてくれる?」と言ってくれました。それらの言葉を聞いた時、自分たちの生活で手一杯なはずなのに、そのような言葉をかけてくれたことがとてもうれしかったです。私はそんな風に優しく明るい性格の人が多い、フィリピン人が大好きになりました。
 今回参加して、自分はまだまだ小さくて無力な存在だと感じました。しかし、これから小さなことでもいいから自分からアクションしていきたいと思いました。そして食事ができる、勉強ができるなど、今の私にとって当たり前だと思っていたそれがどれだけ恵まれている環境であり、幸せなことなのかを肌で感じることができ、感謝しなければと思いました。また高層マンションやオフィスビルの傍らに貧困層の住居がひしめき合っている状況をバスの窓から見て、なぜ貧富の差ができてしまうのだろうと考えていました。今まで大学で学びたいことを真剣に考えたことはなかったけれど、貧困や社会の仕組みについて学びたいと思い始めました。今の私にできることは、自分が見たもの、感じたことをありのままに多くの人に伝えることだと思います。そして今の状況に感謝し贅沢をせず無駄にしないで使っていきたいと思いました。
 そして最後に今回参加させてくださったSYDのみなさん、そして一緒に活動してくれた仲間、現地のみなさんに感謝したいです。ありがとうございました。


本当の「幸せ」は私たちの身近にある 専門学校1年生 女性

 私達は、モノにあふれ、人生の選択肢がたくさんあり、何不自由ない恵まれた生活をしている。それで十分なはずなのに、私たちは、さらに上の幸せを求める。しかし、お金やモノがあることだけが幸せじゃない。学校の講義で人の命について学び始めた私は、本当の「幸せ」って何だろう、と考えるようになった。そこで、このボランティア・アクションinフィリピンをきっかけに、自分自身の視野を広げ、その答えを見つけていけたらと思い参加させていただいた。
 これまでの私は、フィリピンという国についてほぼ全くと言っていいほど知識がなく、「貧困」というイメージしかありませんでした。しかし実際訪れてみて、確かにフィリピンは貧困ではあるけれども、その他にもたくさんのことを感じることができた。その中でも私が最も印象に残っていることは、マザーテレサの施設を訪問した際、泣きながらNandito akoを歌っている私に、施設の方が、「なぜあなたは泣いてるの。私にはあなたがいるから一人じゃないよ。あなたも私がいるから一人じゃない。だから泣かないで。」と言ってくれたことである。その時ふと、その施設の方を含め、貧困に苦しんでいる方々を心のどこかで、可哀想と思っている自分がいることに気づいた。だけどそれと同時に、日本では感じられない心の豊かさを感じることができた。貧しいから可哀想なのではない。そう思う私自身の心が貧しいのだと、フィリピンの方々と接するうちに感じるようになった。バスに乗っていても、道を歩いていても支援物資を配っていても、笑顔で手を振ってくれたり、話しかけてくれる人。その姿を見て私は、その心の豊かさは、「笑顔」から来ていると思った。またホームステイした際も、盛大に私たちをもてなしてくれ、経済的に余裕はないはずなのにそれを感じさせないくらい歓迎してくれ、そこに心の豊かさのほかにも人の温かさを感じた。きっと私たちに笑顔で接してくれた子たちの背景には、私たちが想像することのできない過去がある。あるとき、私が「今、幸せ?」と男の子に尋ねると「お金はなくて大変なこともたくさんあるけど、なにげないことが幸せで、毎日楽しいよ。」と話してくれた。この子たちは金銭的な余裕はないけれども、小さな幸せを見つけながら日々懸命に生きている。その姿を見て私は「生きる」とはこういうことなのかと、改めて感じることができた。
 「幸せ」とはお金やモノがあることだけがすべてではない。本当の「幸せ」は私たちの身近にあり、求めるものではなく、自分自身で探し出すものであると分かった。この経験を通して、私たちにとって、当たり前だと思って何不自由なく過ごしているその裏には、苦しい生活を送っている人がいることを、忘れてはいけない。この経験を伝えていくことが一番の支援であると私は思う。これから先、私はもっともっとフィリピンに対して、貧困に対しても知識を蓄えていき、何らかの形で自分なりに貢献していきたいと思う。今回は私にこのような機会を与えてくれ、ありがとうございました。



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